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甲斐性無しは死んでこい

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 時刻は6時を回っていた。
 商店街は、学校帰りの学生や、買い物篭を下げた主婦やらで賑わっている。

 舞は、その雑踏の中を、急ぎ足で歩いていた。
 11月の風はもう冷たい。 
 バイトの帰りだった。

 高校を卒業して、佐祐理と、そして翌年に祐一も加えて、一つ屋根の下で暮らすようになってから、
 はや2年になる。
 その生活費を稼ぐ為のアルバイトだった。
 3人の収入を合わせた結果、学生ながらに、高級とまでは言わぬが、かなり良いマンションでの暮ら
しが許されていた。 
 一人一部屋と、プライベートも確保されており、食事どきには一緒にテーブルを囲っている。

 舞は三人でとる食事の時間が好きだった。 
 当番制で食事を作っているため、味も日によってはバラバラだが、それも楽しみの一つだった。
 自分が食事を作った日には必ず、祐一が余計な茶々を入れる。
 だから、祐一が食事当番の時には、自分も何か言ってやることにしていた。

 ぐうう〜。

 舞の足がピタリと止まる。
 揚げたてのコロッケや、煮物のにおいが、舞の胃袋をちくちくと刺激する。
 目の前には、油から上げたばかりの、湯気をたてる熱々のコロッケが。

 ちょっとくらいなら……。

 一瞬、誘惑に負けそうになるが、プルプルと首を振って、再び歩き出す。
 今日の食事当番は祐一だった。
 共同生活をする以上は、祐一にも料理を覚えてもらう、という佐祐理の言葉で、共に暮らし始めて以
来、祐一は佐祐理のスパルタ教育を受けていた。 
 初めこそ、いつ音を上げるかと思われていたが、最近の上達ぶりはなかなかのものだった。
 
 家では、祐一が暖かい食事を作って待っている。
 ここのところ、皆忙しくてバラバラに過ごしていた為、今晩の団欒は久々のことだった。

 ぐぐぐう〜。

 二度目の腹の虫が鳴いたが、舞はズンズンと一心に商店街の中を進んでいった。
 

 が、その足が再び止まる。

 今度はメシのにおいに引かれたわけではない。
 商店街を抜けたそこは、パチンコ屋やゲーセン、飲み屋などが居並ぶ、駅前の通りだった。

 舞は反射的に看板の裏に身を隠す。
 その視線が、舞と同年代のグループに釘づけにされていた。
 5、6人の男女が道の端で喋っている。 
 その中の一人が祐一だった。

 なぜ祐一がここに?
 家で夕飯を作っているはずでは?

 知らない女性が、祐一に話しかけている。
 祐一が何か言うと、それに対して楽しそうに笑う。

 声をかけようかどうしようか迷っていると、祐一はその女に手を引かれて、仲間と共にカラオケボッ
クスの中に入っていった。

 舞は、両手一杯のコロッケを買って、家に帰った。
 

 ガチャガチャ。

 佐祐理はまだ帰ってきていなかった。
 舞は、ポケットからミッフィのキーホルダーのついた鍵を取り出し、家の中に入った。
 暗闇の中、手探りで電気のスイッチを探す。
 パチ、と音がしてリビングに明りが灯る。

 舞は、コロッケが一杯に詰まった紙袋をコタツの上に置くと、エアコンのスイッチを入れた。
 生暖かい風が、舞の髪をなぶる。
 それさえも、冷えた体には心地よい。
 テレビのリモコンを手に取り、NHKに合わせる。

 伝言を告げる留守番電話のランプが明滅しているが、舞は無視してコタツに足を突っ込んだ。

 ガサリ。 

 熱いコロッケをほうばり、もごもごと口を動かす。
 美味しかった。
 祐一の料理なんかより、ずっと美味しい。
 
 4個目のコロッケに手を伸ばした時、玄関のドアが開く音がした。
 コタツから抜け出て、玄関に向かう。

「佐祐理、お帰りなさい」
「ただいま、舞。あ〜、お腹空いたよ〜」

 疲れた疲れた、と笑いながら廊下に上がる。 
 舞はその後を無言でついていく。

「あれ? 祐一さんはまだ帰ってないの?」

 いるべき同居人の姿を求めて、佐祐理はきょろきょろと室内を見まわす。
 ふとコタツの上のコロッケに目が行く。

「あ、舞ったら、また買い食いしたな? ダメだよ、祐一さんが悲しむよー」

 笑って、舞のおでこを突っつく。

「あ、電話……」
 
 留守電の着信に気がついた佐祐理は、指を伸ばし、点滅するボタンを押した。
 音の低いメッセージが流れ出す。

『あー、祐一だけど……。ごめん、今日はちょっと帰りが遅くなりそうだ。……その、ゼミの先生と話
すことがあって。ごめんな本当に。悪いけど先に食べててくれ。夕飯は済ませて帰るから。じゃ……』

 直後、無機質な応答メッセージが流れて――。

「祐一さん、帰ってこられないんだ……」

 憂いが佐祐理の顔を陰らせる。
 舞には、佐祐理の気持ちが良く分かった。
 佐祐理も自分と同じ様に、今日三人で夕飯をとることを楽しみにしていたのだ。  

「佐祐理、食べて」
「ふぇ?――フガッ」
 
 舞は袋からコロッケを取り出すと、それを佐祐理の口に押しこんだ。
 佐祐理は、それをたっぷり時間をかけて咀嚼した。

「美味しかった?」
「え? あ、うん美味しいよ」
「今夜はコロッケ食べ放題」 
「え?」

 舞の顔と、コロッケの詰まった紙袋を見比べる。
 いつになく、舞は無表情だった。

「……うん、そだね。ご飯だけ炊けばいいかな?」
「いいとも」
 

 夕飯の後片付けを終えた佐祐理は、コタツに入ってテレビを見ていた。
 その上には、籠に入った蜜柑の他に、夕飯の残りのコロッケが袋に入ったまま置いてある。

 佐祐理が、ボーッとスポーツニュースを見ながら、蜜柑をほおばっていると、パジャマ姿の舞がごそ
ごそとコタツの中に潜り込んできた。

「お風呂空いた」
「うん、ありがとう」
「はやくしないと、『松本紳介』が始まる」
「祐一さん、見れないかもしれないね。ビデオに撮っていてあげようか」 
「いらないと思う。それよりお風呂」
「……うん」
 

 ガチャッ! ガチャッ!

 佐祐理が浴室に入って数分。
 玄関のドアのノブが回される音がした。
 舞は、一度だけ玄関に視線を走らせるが、すぐにテレビへと意識を戻す。

「ただいまー」

 玄関から祐一の声が聞こえるが、舞は無視した。

 祐一は、乱暴に靴を脱ぐと、ドタドタと足音を立てて居間に入ってきた。
 それさえも、今の舞には癇にさわる。

「何だ何だ。ご主人様のお帰りだってのに出迎えもなしか?」
「今、何時だと思ってる」
「12時前! 夜はこれからだぜ!」

 妙にテンションの高い祐一は、先程佐祐理が座っていた位置に陣取ると、テーブルの上の蜜柑に手を
伸ばした。が、途中で軌道変更し、コロッケの入った袋を手に取る。
 瞬間、舞の目が険しくつりあがった。

「あ、ラッキー。コロッケじゃないか。ちょうど小腹が空いてたんだよなー」
「祐一は食べたらダメ」
「あ? 何言ってんだお前……」 
「祐一は食べる資格がない」

 訝しげに舞を見ていた祐一は、コロッケを指で摘むと、さっと口の中に放った。
 舞の貫き手が、祐一のみぞおちに突き刺さる。
 祐一はコロッケを吐き出すと、涙目になって舞を睨んだ。

「この……。いきなり何しやがる!」
「自分の胸に聞いてみるといい」
「ふざけんなっ」

 祐一は半ば本気で怒り始めていたが、舞は微動だにせずに睨み返している。

「祐一、今日はどうして夕飯までに帰ってこられなかったの?」
「留守電に吹き込んであっただろ? 大学の用で遅れるって」

 祐一の声からは、いささかの躊躇いも感じられない。

 舞は、そう……、と呟くと、コタツから足を出し、祐一を見下ろすように立ち上がった。 

 今まで、コタツの中に隠していたのだろうか。
 その手には太い木刀が握られていた。

 祐一は、ようやくその異様な雰囲気を察して、ぎょっと身を竦める。

「お、おい。んな物騒なモン持ち出して何考えてんだ……」

 冗談だろう? と問う様に、祐一は笑うが、凍てつくような舞の目を見て、ゴクリと唾を飲みこむ。

「出ていけ」
「え?」

「出ていけ、と言った」
「……出ていくって。お、俺がかっ!?」

 舞は、これが返事だと言わんばかりに、木刀を中段に構えた。

「じょ、冗談じゃない! 俺だって家賃払ってんだぞ、何の権利があって――」

 ビュオッ!!

 風圧で斬れた髪が、数本宙に舞った。
 木刀の一撃は祐一の眉間で止められていた。

「祐一なんか、嫌いだ」
「舞……。俺、何かした……」
「出てけ!」
 

 居間の方から人の話し声が漏れるのを聞いた佐祐理は、当初はテレビの音声かと思ったものの、妙な
胸騒ぎを覚えて、濡れた素肌の上にバスタオルに一枚巻き、リビングへとやってきた。

 舞が一人コタツに入って『松紳』を見ていた。
 
「舞……。今、祐一さんの声がしなかった?」
「……知らない。きっと、松っちゃんの声……」
 
 祐一の声はそんなに松本に似ていただろうか? と真剣に考える佐祐理をよそに、舞は最後のコロッ
ケを食べ終える。カラになった袋をクシャクシャと丸めると、側のくずかごに突っ込んだ。

「佐祐理。私、もう寝るから」
「ふぇ? テレビは良いの?」
「……今夜は面白くないから」 

 ドッ! と観客の笑い声が、テレビから漏れる。 

「そうだね。祐一さんも一緒じゃないと面白くないよね」
「……うん」
「じゃあ、おやすみなさ――クチュン!」
「佐祐理、風邪をひく。早く戻った方が良い」 
「う、うん。そうするね」

 パタパタとリビングを出ていく佐祐理の後ろ姿を見て、舞はポツリともらした。

「さよなら、祐一」
 

††††††††††††††††††
 

「なんでい、なんでいっ、なんなんでいっ!」

 祐一は、プハッと息をつぐと、カラになったビールの缶の底を、ガツンと座卓に叩きつけた。
 正面では、潤がうんざりした顔で、ビール缶を片手に、口にするめを咥えていた。

「祐一、そのくらいにしておけ」
「うるしゃいっ! 潤に俺の気持ちがわかるかあっ! おらっ、次ぃ!」

 潤は、コンビニの袋から、よく冷えたビールを取り出すと、祐一に放り投げた。
 祐一は、それを危なっかしい手つきで受け取る。

 バイトを終え、下宿先のアパートに帰ってきた潤は、自分の部屋のドアの前に座り込んでいる祐一を
発見した。
 祐一は、じっと潤の顔を見たかと思うと、一言、泊めてくれ、とだけ言った。
 潤は、余計な詮索はせずに、祐一を家に上がらせた。
 じっと押し黙ったままの祐一を、アルコールの力を借りて口を割らせたところ、ぽつぽつと漏らす言
葉の断片から、同居人に追い出されたということが判明した。
 理由を問うと、どうやら本人にも分かっていない様子。
 木刀で頭を割られそうになって、命からがら逃げてきたと言う。
 
 時間が経過し、アルコールが蓄積されるにつれ、祐一の中にふつふつと怒りが湧いてきたのか、ずっ
と潤を相手に愚痴をこぼしている。
 祐一がこんなにも泥酔する姿を晒すのを、潤は初めて見た。

 もしかして、追い出されたことに対し、かなりのショックを受けているのではないだろうか?
 やはり、この図太い神経の持ち主も、人並みに感傷にひたることがあるようだ。
 
 が、いつまでもこうして飲んでいても何も解決はしないし、何より自分も祐一も、明日は朝から大学
で授業が組まれているはずだ。
 
「祐一、俺もう寝るぞ」
「……」
「祐一?」

 無言の祐一の肩をゆするが、祐一はテーブルに突っ伏したまま顔を上げようとしない。
 間を置かずに、穏やかな寝息が漏れ出した。

 潤は、ため息を一つつくと、祐一の腕を自分の肩に回して立ち上がらせた。
 そして、そのまま一つしかないベッドの上に放り投げる。
 ベッドのスプリングが音を立てて軋んだ。
 
 潤は、押入れから毛布を取り出すと、電気を消し、フローリングの床の上に寝転がった。 
 

††††††††††††††††††

 
 体を起こした祐一は、頭痛のあまりに、もう一度ベッドの上に倒れ込んだ。
 ぐわんぐわんと、頭の中で鐘を打つ音がする。
 顔を埋めた枕からは、嗅ぎなれない他人のにおいがした。
 それで、祐一はここが友人の家だということに気がついた。
 
 どのくらいそうしていたのか。
 やがて、祐一はもぞもぞと起きあがると、冷たい床の上に足を下ろした。

 テーブルの上に転がる空き缶を見て、昨晩の痴態が瞼の裏に蘇る。 
 潤の姿を求めて、猫のようにきょろきょろと首を巡らせる。

 壁にかかった時計を見て、ぎょっとする。
 すでに時刻は午後を回っていた。
 今から学校に行っても、到底授業には間に合わない。

 これからどうするべきか。
 このまま潤の家に居着くわけにもいかない。
 自分には、帰る家があるのだから。
 もっとも、帰ったところで中には入れてもらえないだろうが。
 祐一の目には、昨夜の舞の行動が、不可解に映るばかりだった。

 佐祐理はどうしたのだろうか?
 あの佐祐理が自分を追い出すとはとても考えられない。

 祐一は、ジーンズの後ろポケットから携帯電話を取り出すと、佐祐理の携帯のメモリを呼び出した。
 呼び出し音が鳴り始める。
 早く早くと、祐一は心中で唱えるが、規則的な呼び出し音は頑固に鳴り続ける。

 祐一がいい加減諦めようとしていた時、ディスプレイに受信の表示が現れる。  
 祐一は飛びつくようにして話し始めた。

「あっ、佐祐理さん?」
「……」

「俺、祐一」
「……」

「佐祐理さん? えっと……。あの……昨日はゴメン。黙って外泊しちゃって――」
「別にいい。祐一はもう、うちの子じゃない」

 電話口を通したその声は、祐一の体に残ったアルコールの残滓を吹き飛ばした。

「お、お前……舞か?」
「何か用?」
 
 祐一が今までに聞いたことのない冷徹な声だった。
 祐一は思わず、携帯の通話を切った。

「……何で、舞が佐祐理さんの携帯に?」
 

††††††††††††††††††
 

「ふぇ……。携帯電話を家に忘れてきちゃいました……」

 佐祐理は木製の小さなベンチに座って、痛恨の表情を浮かべた。

 結局、朝になっても戻ってこなかった祐一を気遣い、佐祐理は携帯電話を使い、連絡をとろうと考え
たのだが、家に置いてきてしまったことに気がついた。

 昼前、家を出る前に、一回電話しようとしたのだが、舞が、その必要はない、と頑強に言い張るので、
大学に着いてから電話するつもりでいたのだが……。

 思えば、昨夜から舞の様子はどことなくおかしかった。
 朝も、いつになく早起きしたかと思えば、落ち着きなく部屋の中をうろうろしていた。
 自分が何か話しかけても、上の空という感じだった。

「二人ともどうしちゃったんだろう……」

 ふう、と息をつく佐祐理の顔に、スッと影がかかる。

「佐祐理先輩、こんちは」

 見上げると、潤が微笑をたたえて立っていた。
 潤とは、祐一が佐祐理と同じ大学に進学してから知り合った関係だ。

「こんにちは、潤さん」
「どうしたんです? ため息なんかついて。先輩らしくないですね」
「あはは……。佐祐理だって、ため息くらいつきますよ」

 潤は、弱々しく笑う佐祐理をじっと見つめている。
 佐祐理は、なんですか? と口に出さずに、訝しげに顔を上げた。

「……ちょっといいですか? 祐一のことで話があるんですけど」
「えっ? 今どこにいるか知ってるんですかっ?」
「俺んちでイビキかいて寝てますよ」
 

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 大学から歩いて5分。
 入り組んだ住宅街の狹間に、そのクラシック・カフェはポツンと存在していた。
 窓一つない古びた煉瓦造りの家屋だ。
 今にも崩れ落ちような木の扉をくぐると、珍しくも客が座っているカウンターと、その存在意義が疑
われるボックス席が目に入った。
 店内に流れるモーツァルト弦楽4重奏が耳に心地よく響く。
 潤と佐祐理は、初老のマスターにコーヒーを2つ注文してから、一番奥まった向かい合わせのテーブ
ルについた。
 佐祐理はもの珍しそうに店内を眺めている。

「……こんなところに、カフェがあるなんて知りませんでした」
「でしょ? 俺のお気に入りなんですよ」

 商売になるのかと心配するくらいのさびれた様が好きだ、と潤は言う。 
 席についていくばくもしない内に、主人がコーヒーを持ってきた。
 この店には、コーヒーの他にはコーラとオレンジジュースしか置いていない。
 佐祐理は一口目をゆっくりと味わって飲んだ。

「美味しい……」

 佐祐理の言葉に、潤は嬉しそうに笑う。

「……あの、それで祐一さんのことなんですが」

 本題を思い出した潤は、昨晩祐一が自宅に現れてからの事を掻い摘んで話した。 
 自分の話を聞いて驚く佐祐理を見て、彼女が何も知らなかったということを潤は理解した。
 とりあえず潤の話を聞き終えた佐祐理は、混乱する頭で昨晩の舞の様子を必死に思い出した。

「今から考えると変なんですよ。昨晩は祐一さんが晩御飯を作ってくれることになっていたから楽しみ
にしていたはずなのに、帰りに両手一杯のコロッケを買ってきたりして」
「でも、祐一は戻ってこなかったんでしょ?」
「ええ。大学の用事で遅れると電話があって」
「大学? ……変だな。アイツ、昨日は電車に乗って途中まで俺と一緒に帰りましたよ」
「え? でも……」
「サークルの連中と飲みに行くとか言ってたけど……」

 あれやこれやと意見を交換し合った結果、二人は一つの結論に達した。

『祐一は連中と遊んでいるところを舞に見られた。もしくは、その事実を知られたのではないか?
それで舞は怒って祐一を追い出したのではないだろうか?』 

「……あいつも変な所で抜けてるからなあ」
「祐一さん、嘘つくことなかったのに……」

 そう言う佐祐理の表情は、見ていて痛々しかった。  
 どんな善人であれ嘘をつかない者はいないが、やはり信頼している友人に欺かれたという事実は、佐
祐理の胸に小さな傷を残したようだ。
 もしかすると、祐一は内心、二人にすまないと思っていたのかもしれない。
 だからこそ、嘘をつかずにはいられなかったということもある。

「何にせよ、悪いのは祐一なんだから、あいつ自身で解決するしかない問題ですけどね」
「舞、許してくれるでしょうか?」
「さあ……。それは祐一次第なんじゃ。結局の所、先輩はともかく、俺は傍観者に過ぎませんし」
「今回ばかりは、佐祐理も祐一さんの味方はできませんしね」
 

††††††††††††††††††
 

 これからの生活に関してさんざん悩んだ末にうたた寝をしていた祐一は、帰宅した潤に腹を蹴られて
目覚めた。 

「あにすんだよ……」
「宿無しが余裕だな」

 不満げに体を起こす祐一の目には、潤が怒っているように映った。
 どっかりと床に腰を下ろす。

「何か、機嫌悪くないか?」
「どこぞの馬鹿者の所業に呆れ返っているだけだ」
「……んだよ、それ」
「佐祐理先輩に会ってきた」

 祐一の体が緊張するのが手に取るように分かった。
 潤は佐祐理と話した内容を、ほぼそのまま祐一に伝えた。
 自分の嘘がばれていたと分かって、祐一は気まずそうに視線をそらせる。
 
「何で嘘ついたんだ? いや、約束を破ったことの方が問題だな」
「……なんつうか、その場の雰囲気というか。とにかく、断り切れなかったんだよ。二人には悪いこと
をしたと思ってる」
「謝るくらいなら最初からしないこと。これ、基本だぞ?」
「スマン」
「だから、俺に謝ってもしょうがないだろ」

「……うん、わかってる。舞と佐祐理さんに謝るよ」
「殺される覚悟でな」
「……やっぱり?」
「佐祐理先輩は大丈夫だろうが、舞先輩には許してもらえるかどうか……」

 バンッ!

 肩を落とす祐一の背中を、潤は力をこめて叩いた。

「ま、心配するな。女に殴られるのも、男の甲斐性ってもんだぜ」

 後で見舞いに行ってやる。そう言って、潤は祐一を送り出した。
 

††††††††††††††††††
 

《エピローグ》

「まさか本当に入院する羽目になるとは思わなかったな」 

 四方を白い壁に囲まれた病室の中で、祐一は芋虫のようにベッドの上で仰向けになっていた。
 体中を覆う包帯がミイラを連想させる。 
 佐祐理が、潤の見舞いの花束を枕元の花瓶の中に活けていた。
 その側では、舞が椅子に座って、林檎の皮を剥いていた。

「……潤。お前の言葉にのせられた俺が馬鹿だった」 

 祐一が恨めしそうに顔だけを動かす。
 潤は、冷や汗を垂らしながらも、ハハと笑顔を浮かべる。

「ま、結果良ければ、ってことでいいんじゃないか? こうして手厚い看護をしてくれるお姉さんたち
もいることだし」
「本当に大変でしたよー。舞ったら本気で祐一さんを殴るんですから。近所の人が警察に通報したりし
て、大騒ぎになっちゃいました」
「……当然」

 じろりと舞が祐一を睨む。
 
「今回だけは許してあげるけど……、次はないから」
「身に染みて理解しています」

 舞が、よろしいと言うよう頷く。

「……はい、アーンして」
「アーン」

 両手を使えない祐一の口に、フォークに刺したリンゴを運ぶ。
 祐一の顔は見ていて情けなくなるほどに緩んでいる。
 その様子を見て、潤は思った。

 こいつは、いっぺん死んだ方が良いかもしれない、と。


 
 


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